和尚の小話:尊者達の智恵

和尚さんはずっと考えています。

和尚さんは、スリランカ人の偉大な師匠であるチャンダラタナ師と、優れた修行僧の仲間と過ごした日々で教わったことを、教訓に生きています。

人間自身の良質な知性と智恵、知性と智恵から生まれる感性は、毎日の徳を積む生き方から備わるものだと確信しています。

その徳を積んだことで備わった知性と感性によって、覚りを確信するものだと思います。

和尚さんの考えるところのお釈迦様の信仰心という主体は、この道、お釈迦様が伝えられた教えへの信頼であると考えています。

思うに、人間の科学技術や工業技術、医学なども含め、その道の専門家が研究と努力を重ねて、知識を受け継ぐ後継者が育ち、前任者の土台の上にまた次の発展があり、その各々の分野は向上していくものです。

それと同じように、私たち僧侶は、お釈迦様とその偉大な弟子達が伝えてきた優れた人間の知性、智恵と感性は、私たち僧侶が、次の僧侶に伝える僧侶間の中での責務があります。

そして私たち僧侶が最も大切にする次世代に伝承すべきことは、人から人に直接教わった声であり、姿であります。わかりやすく表現すると生の声と言えばいいのかもしれません。

徳を積み重ねることで育む、優れた知性や智恵、感性とはいかなるものでしょうか。その内容は、生の声である言葉と、文字と、行動で証明し、伝え、表現できるものです。

和尚さんはその点、確信していることと言えば、徳を積み重ねることというのは、高度な学力がなければ理解不能な至極、難しい内容ではなく、だいたい7歳くらいの子供から理解できる内容であるはずなのです。僧侶は7歳から入門できる理由はそこにあると思います。

私、和尚さんは偉大な師匠であるチャンダラタナ師と、その優れた仲間達を見て確信する「徳の積み重ね」の内容とはこうであります。

毎日、必ず清掃をすること。

自宅、自室、講堂、会社、学校、ゴミは拾い、環境を清潔に維持すること。

使うものは丁寧に使い、使ったものは元へ戻す。

場所と衣服と身体をいつもキレイに保つこと。

もし、それが難しいのなら、所有する物が多すぎることを解決することが効果的であるから、少量の状態にすることです。

食べ物は仲間と分かち合い、仲良く、平等に分け、安心して食べられるよう、自分だけ独占しないこと。

仲間や困っている人に施しをすること「布施」は、人を助けることを経由して、自分のためにることだと心に留めておくこと。優しさや思いやりも同時に膨らみます。

自分より優れた存在を自分の心の内にたてることは、自分の心の状態を優れた適正な状態にする効果があると信じること。それが、お釈迦様、尊者、菩薩、神々、先人の亡者などに礼拝をし、お供えをして、敬う気持ちを祈りで表現します。これを供養と表現します。

生きている親兄弟を敬い、先生、長者を敬い、友達、仲間、強いては他人に対して大切に礼節をもって向き合うことは、相手を安心させ、自分も穏やかに過ごすことにつながる方法であると信じること。

いつも人によって自分が存在し、人同士が支え合い、人の恩恵によって自分の利得があると心に留めているだけで、感謝する気持ちや、お返しをしよう、恩に報いようという気持ちが自然に湧いてくるものです。

その他、挙げれば徳を積む手段は数多あるものですが、ここで挙げたことだけを自分の生き方に取り入れるだけでも、徳は十分につめるものだと、私は師匠と仲間から教わっています。

仏教学を勉強すると、嫉妬しないことや、怒らないこと、洞察力などの向上などを教えますが、もっとも基礎的なことで最重要と言っていいことは、全て自生活の徳を積む生き方の中に原因が根付いているものだと信じて実行することであります。

私、和尚さんが毎日考えることは、覚りとは何であるかという発見です。きっと覚りとはこうであろう。ああであろうと色々考えますが、徳を積む生き方を実行せずに、頭の中だけを動かして考えて習得できることではないことは確かであります。

私は至極単純に生きています。複雑に小難しく生きるつもりは今後もありません。正確に言うと、ガチガチに堅い小難しくはできません。

偉大な師匠と仲間に教わったことである、コツコツと、この道を示されたお釈迦様の教えに信頼を寄せて、あきらめた、やっぱりやめたと投げずに、一生努力を続けることです。

毎日清潔に、毎日自分自身ができる布教の方法で努力をして、コツコツと誠実に、このお寺と和尚さんを訪ねにくる人を含めて、人を幸せにできるように変わらない目的のために努力していきます。

徳を積み、信仰のある生き方は、とても幸せであることは確かです。

本当に幸せです。

お釈迦様や、師匠、大師ら偉大な尊者達の教えは、ほんとうに有り難いものであります。

また、スリランカの師匠や仲間達に会いたいなぁ

12月18日(土)の満月会では、あらためて「お坊さん」の話をします。

ありがたや

【表題写真】平成26年撮影。僧院境内にいる檀家さん所有の牛。おとなしくてめんこい。絶対に殺されないと保証された牛は、穏やか。

【下部の写真】

平成26年(2014)。スリランカで障害者学級の奉仕活動をしたときの記録。先輩の僧侶と、一緒に障害者学級を訪れました。優しい先輩と一緒に学童との交流は楽しかった思い出です。於:ハバラードゥワ町