新連載「和尚の小話」№1

〜生きたお経の「伝達力」〜

私には「お経の力」を感じた5分間の記憶がある。自分がスリランカ仏教に入門する儀式「得度式」の際に手向けられた「祝福のお経」だ。この儀式では入門する一人のために、10人の僧侶が集い、お経を読んてくれる。その時の上座の長老の心の願いと、精神の威力は全身で記憶している。

不思議な感覚はいくつもあったけれど、その場には100人以上の他の誰かがいるような気配があった。講堂の簡素さは、壁や柱、入り口にも派手な装飾をせず、単色かつ天然調と旧英国時代のロココ調を合流させたシンハラ文化の特徴からわかる。

そうした簡素な講堂に、お香や花もないのに、優雅で、不思議な気高い気配を漂わせていた。それら感じた事無い心地は、血液が入れ替わるようなとも言えばいいのか、他にどう表現していいものか「僧侶の言葉の伝達力」と表現したい。

昔から、お経には不思議な「力」があると伝えられている。それは「御利益」「功徳力」「加持力」などと一般には表現されるけれど、それらはお経自体の単独の力ではなくて、お経を読む人によって発揮されるものだと思う。強いて言えば、人の力以外になにもないのではかろうか。

お経の力は、音楽的センスなどの歌唱とも無関係だ。お経の力の本質は、僧侶の意識力だと伝えたい。

興法精舎で耳にするBGMに、スリランカのラジオ番組を生放送で流している。インターネットラジオっていうのは便利なもんだね。私はほぼ毎日、定時で「今日の仏教法話」「今日のお経」「今日の占星術」があり聞いているが、シンハラ語を忘れないためでもある。

私は、シンハラ語を全く知らずに、スリランカへ渡ったものだから、当初はシンハラ文字がカエルのような象形文字にしか見えず、文法もわけわからず、ずいぶん困惑したもんだ。

現地語で会話できない間は、コミュニケーションが取れないことのストレス疲労を痛感して、腹痛が常態化し、ずいぶん周囲に心配掛けてしまった。語学力を改善しないと、修行そのものに挫折してしまうことへ危機感を覚え、自作のシンハラ語辞書を作ろうと決め、メモ帳片手に、スリランカの少年僧達の輪の中へ飛び込んだ。

私は少年僧達と毎日、歌う、踊る、遊ぶ、外作業、飲食の「辛い・甘い」などリアクションを大げさにするなどして、コミュニケーションを弾ませた。少年僧達はいつも、大笑いしながらいろんなシンハラ語を発してくれて、すぐにそれらをメモに書き留め、それらを夜な夜な自作の辞書作りにまとめた。

言語は、文字にして伝えるのは便利で、「意思疎通力」においては、人間社会には必要なコミュニケーションツールだけれど、やはり、人同士が向きあって生の言葉で交わすことの優位性は、昔も今も変わらないと思うな。

人同士が直接会話する際の「意思疎通力」の優位性ってのは、相手と会話している時の、顔色、容姿、呼吸音、声の強弱と発音、身体から発する匂い、体温。それら五官からの情報をまとめて「相手を知る」ことができるところにあると思う。仏教哲学的に言うなら、「認識は、眼+耳+舌+鼻+身+意識の集合に依る!」と表現しておこう。コミュニケーションにおいて、生言語の会話ほど楽しくて理解しあえる手段はない。

閑話休題

私のスリランカ師匠、チャンダラタナ大和尚は、毎日偽りなく生きている。

忙しい日でも、嵐の後の境内掃除であっても、掃除をするときの様子からは、心に偽りなく、ほんとうに美しくしようと思っているのが伝わってくる。物や、自分の身体さえも、まるで仏像を扱うかのように丁寧に大切に扱い、食事中においては、ゆっくりと、上品に、食べられる分だけ集中して食事を取っている。会話では、ゆっくり言葉を選び、弟子の素質をみて、受け止められるだけの相応しい知識量と真実を語る。

そして、読経の時間には心から願って丁寧にお経を唱える。穏やかで上品な声で偉大に伝わってくる読経力。真似しようと思ってできるもんじゃない。

「人は意識から語り、意識から動き、意識から思う」と言う師匠。こうして師匠が、自己の内面に注意しながら積み上げた修行年数と、読経の力は、研鑽のたまものだ。私自身が体感して思うに、真言密教が伝える、真言陀羅尼の力というのも、同じ理屈ではなかろうかと付言しておこう。

かつて私が一度だけ体験した「5分間の「祝福のお経」」。私にとって模範となっている忘れられないお経体験は日々の目標となり、自分が読むお経も同じ質になれるよう、毎日読んでいる。

興法精舎では、毎日お経を読んでいるが、参拝の方でお経を聞いてみたい方にはいつでも応対している。僧侶による、生きたお経の伝達力から、仏教の偉大さが少しでも伝われば、私は嬉しい。

きたる12月31日(火)の年越し読経では、スリランカ伝統のお経を日をまたいで読む。ぜひ参拝していただきたい。

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12月31日(火) 年越し読経
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23:30 読経開始

パーリ語による五つの戒めから始まり、「護呪パリッタ」という「御守り」のお経を、独特の音節で読みます。どなたでも参拝できます。時間の都合に合わせてお参りください。

深夜2時頃終了予定

◎御接待
セルフサービスで、けんちん蕎麦

※写真 平成18年 スリランカ入門式の一